ぱすてるラインはこんな人

こんにちは。

ぱすてるラインと申します。

「すっごいポジティブな障害児ママ占い師」として

・あなたの悩みを吹き飛ばすため

・あなたの人生をもっと楽しくするために

・そして世の中を優しくするため

占いを用いて活動しています。

手相占いとタロット占いで鑑定していますが、難しいことは考えなくても大丈夫。

あなたのお悩みをスッキリ解決するため、占い方もお任せください!

これまで占わせて頂いた方々からは

・あたたかい言葉でわかりやすく、言葉の全てが心に染みました

・悩んでいたことから救われて励まされて、涙が出ました

・新しい状況で不安だったけど、勇気が湧きました

・これからは自分を否定せずに生きていこうと思えるようになりました

など、嬉しいご感想を頂いております。感謝!!

今これを読んでくださっているあなたにも、悩みから解放されて楽しい時間を過ごして欲しい。

そのためのお手伝いを、させてくださいね。

 

ここからは、ぱすてるラインの歴史をご紹介いたします。

ちょっと長くなりますが、ぱすてるラインの人生がよくわかります。

良かったら、読んでみてくださいね。

 

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「お前なんか選ばれるわけないやろ」

 

私の記憶をさかのぼると、けっこうひどい言葉から始まります。

小学生になったばかりの私にその言葉が突き刺さったのは、ある晴れた日の公園でのこと。

上級生が下級生を選んでチームを作る、そんな遊びが始まったんです。

当時の私は集団に溶け込めていなくて、誰も自分を選んでくれないんじゃないかと不安でいっぱいでした。

もうすでに、上級生はみんな怖かったんです。

でも一人だけ優しくしてくれるお姉さんが、なんと私の名前を呼んでくれました。

嬉しくて安心して、笑顔で駆け寄った私でしたが、呼ばれたのは私じゃなかった。

私と同じ名前の、ちゃんと集団に溶け込んでいた別の女の子。

もう充分にがっかりしていた私を数人の上級生が取り囲み、誰かが冒頭の言葉を私に放ちました。

そしてみんなに笑われました。

その後どうやって家に帰ったのか、記憶にありません。

ただずっと、私のどこかに、その言葉が刺さったままだったように思います。

たしかに私は、少々変わった子どもでした。

集団に合わせるでもなく、一人でも割と平気。

人と違ったほうが面白いと、変わったことを選んでばかりいました。

誰もやりたがらないことがあれば立候補し、みんなが持っているものは欲しがりませんでした。

そのせいか、仲間はずれにされたり無視されたりすることがよくありました。

でも本を読んでいれば楽しかったから、いつも本を読んでいました。

その時身についた読書習慣は今でも役立っています。

今も、年に100冊くらい本を読んでいますから。

さて、冒頭の言葉が刺さったままの私は、選ばれたい気持ちへの自覚がないまま、でも選ばれたい欲求丸出しの行動に出始めます。

生徒会への立候補、ミスコン出場、オーディションへの参加…。

大学卒業後はモデル事務所に所属し、オーディションを受けまくる日々。

そして落ちまくる日々(笑)

けれどもなぜか落ち込んだりせず、せっせと挑戦を繰り返します。

落ち込まない自分がかなりポジティブであることに気づいたのは、この時期です。

その甲斐あって、何年もかかりましたが、時々はオーディションに受かるようになりました。

多数のファッションショーに出演したり、ブライダルショーに出演したり、旅行雑誌に載ったり、ミス日本関西代表に選ばれたり、企業のパンフレットに載ったり、地方のCMに出演したり…。

先のことなんて考えず、やりたいことをただひたすらやり続けていました。

奨学金だけは何とか返済しなきゃと、そこだけは忘れずに頑張っていましたが…。

さぁ、そんな私も結婚をします。

お相手は、ずっとお付き合いしていた高校の同級生。

選ばれたんじゃなくて、自分で選んでアプローチしましたね。あれ?

結婚してしばらくは家事とアルバイト、それからちょっと遠くまで行かなきゃいけないけどモデルのお仕事。

忙しい日々を送りますが、妊娠を機に一旦停止。

出産直前に母が脳梗塞で倒れる、なんてハプニングに見舞われながら、子育てライフが始まりました。

(母は幸いにも後遺症もなく元気になりました)

結果的に、長男、次男、長女の3人の子どもに恵まれました。

モデルは続けたかったけど、遠くまで行くのは難しいし拘束時間もはっきりしないため、子育てしながらは難しいと判断しました。

長男が自閉症&知的障害と判明してから数年後、長女を身ごもっている時に、父が他界しました。

子どもの障害告知も衝撃でしたがに、親の死はもっと衝撃でした。

父は亡くなる数年前からガンを患っていて、長くないことは分かっていたのにも関わらず。

自分の人生が始まる前からずっと存在していた親がいなくなる。

このことは、私に本当の意味で「死」を教えてくれました。

人生は終わる。絶対に終わりはやって来る。

なにかしないといけない。

できることをやらないといけない。

私にできることは何だろうか…。

それからと言うもの、私は焦りを抱えながら、自分探しを始めます。

長男には障害がある、これからもずっと障害を抱えて生きていく。

これからも園や学校から呼び出されるかも知れない。

ついでに次男も自閉症と診断されて、心配は一気に2倍。

不測の事態も起こるかも知れない。

できる限り家にいたい。

いつでも動ける態勢でいたい。

とにかく時間や場所に縛られてる場合じゃない。

家でできること、それでいて得意なこと、好きなこと、自分にできることは何だろう?

かなりの時間、考えました。

友人知人に聞いてまわり、本も読み漁りました。

自分の過去を振り返り、冒頭の言葉が刺さったままでいることに気付いたのもこの時期です。

私は選ばれたかった。

ずっとずっと、選ばれたくてもがいて来た。

あの日「お前なんか選ばれるわけないやろ」と言い放った、顔も名前も覚えていない上級生たちを見返してやりたかった。

実ったことも実らなかったこともあるけど…。

でも、もういいんじゃないかな。

今の自分が、ちゃんと自分の生き方を選んで進もうとしていること、あの言葉があって進んできたからできてるんじゃないかな。

そう思うことにしました。

もちろん、あの言葉がなかったらどんな人生だったんだろうと言う気持ちもあります。

でも、全部ひっくるめて私の人生なんよね〜。

そう受け止めることに決めました。

長くなってきましたが、私の迷走は続きます。

工作なら好きだからと、建築模型を製作する通信講座を受けました(難しすぎて仕事にできないと判断)。

絵を描くのも好きだからと、LINEのスタンプを作って販売してみたり(作成のパソコン操作が難しくてしんどい、売れる気がしない)。

手作り雑貨の作成販売をしてみたり(材料を買いすぎる、在庫を作りすぎる)。

ブログを始めてみたり(どうすれば仕事になるのかしら)。

そんなある日、いつもの図書館で偶然手相占いの本を手に取り、手相に興味があったことを思い出します(私の手相は、ちょっと変わっているため)。

本を読んでも自分の手相がよく分からない。

そんなことから人生が動き出すとは、夢にも思っていませんでした。

本で分からないのなら、誰かに聞くしかないな…そう思った私は、手相の見方を詳しく教えてくれる人を探し、見つけ、個人的に教えてもらいました。

そのお陰で、自分の手相だけでなく、人の手相も見れるようになりました。

「これで手相鑑定のお仕事ができるかもしれない!」

そう思い、喜んだのも束の間。

見方が分かっただけでは、すぐに人を鑑定できるわけでもないってことも同時に学ぶことになります。

友人の手相を見せてもらっても、言葉が出ないんです。

知識はあるはずなのに、伝え方が分からない。

きっと知識の覚え方が甘いんだと思った私は、暗記に励みました。

後々思い知ることになりますが、足りなかったのは度胸です。

不完全でも人を鑑定しようと言う度胸。

それが足りなかった私を救ってくれたのが、とあるクラウドソーシングのプラットフォームでした。

そこで無料占いを始め(今は無料でできません)、少しずつ経験を積み、無料から有料に移行。

対面での鑑定も定期的に行い、タロット占いの勉強もして、数年かかってそのプラットホームの最高ランクになりました。

その後また数年をかけて、自分のホームページを持つに至り、今あなたに自己紹介をお読み頂いていると言うわけです。

正直、冒頭の言葉はずっと私に刺さったままです。

でもあの言葉があったからこそ、こうしてあなたと出会えたこともまた事実。

今は「選ばれたい」よりも「選んでくれた人を幸せにしたい」と思えるようになりました。

亡くなった父も、いつも私のポジティブを褒めてくれていました。

そのポジティブをどんどん出していけばいい、そう言ってくれていました。

夫にも言われます。そのポジティブは才能だと。

ポジティブに前向きに、占いであなたの人生に元気を届けます!

あなたと出会えたことに感謝!そして、あなたに今よりもっと幸せになって頂くため、全力で取り組ませて頂きます。

長くなりましたが、ここまでお読みくださって、本当にありがとうございました。

 

ぱすてるライン。

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